【インタビュー】「AIが論文を書く時代」に、それでもPhDへ行くという選択

東大からUCLA経済学PhD、そして世界のジョブマーケットを勝ち抜いたOKさんにAI時代について聞く

米国の研究大学が採用凍結と予算削減に揺れ、AIが論文を書き始めた──。大学院留学やPhDを目指す日本人にとって、前提が根本から変わりつつある。東京大学の学部・修士を経て、UCLAの経済学PhDへ。世界的経済学者と共同研究を重ねたのち、2026年に世界中の大学を巡る「ジョブマーケット」を終えて香港の大学へ就任する事になったOKさんに、この転換期の実像を聞いた。

Night research desk with holographic neural network

米国アカデミアの現実──数字が語る「冬」

「現在、米国では、政府による大学・研究関連予算の削減の影響で、アカデミアでの就職や研究費の獲得がますます難しくなっています。」

この証言は、データでも裏付けられる。2026年度予算案ではNIH(国立衛生研究所)に約180億ドル、NSF(全米科学財団)に51億ドル規模の削減が示され、ハーバード、プリンストン、カリフォルニア大学システムなどが相次いで採用凍結を発表。2026年1〜3月だけで、米高等教育の8,500人超の職が削減されたという集計もある。影響は教員ポストにとどまらない。米国大学協会(AAU)は「新任研究者へのオファーも、PhD課程への入学許可も減る」と警告しており、実際に博士課程の募集を絞る大学が続出。留学希望者にとって、入口と出口の両方が狭まっているのが現実であると言える。

世界を巡る就職活動と、「アジア」という答え

経済学PhDの就職活動「ジョブマーケット」は、日本ではほとんど知られていない。出願、ウェブ面談を経て、通過者だけが現地に招かれる。

「現地訪問では丸一日、ディナーまで含めてインタビューとセミナー発表が続き、研究内容とフィットを見てもらいます。私は日本や香港、英国、米国など各地の大学を回り、最終的に香港の大学に決めました。」

「経済学の分野では、研究の中心は米国であり、アカデミアの就活も米国が最もコンペティティブです。しかし、今では共著者とのミーティングやセミナーへの参加などリモートでできる部分が多い。使える研究費次第では、国際学会にも十分に参加できます。そう考えると、同僚や近くの大学とのネットワーク、研究費、教育負担、テニュアトラックの条件次第で、アジアの大学も十分に良い選択肢になり得ます。」

米国一択ではなく、条件で世界を比較する。採用が凍る米国を横目に、香港・シンガポールなどアジアの研究大学が積極採用を続ける今、この視点は日本人が思う以上に現実的な戦略だ。

「ほぼ一日、AIと向き合っている」──研究の現場で起きていること

そしてもう一つの地殻変動が、AIだ。OKさんは今の研究環境を「非常に面白い」と言い切る。

「従来やっていた作業──データ分析、数値計算、ドラフト作成──は、AIが驚くほどスムーズにこなしてくれます。私は研究アイデアを考えることや重要な意思決定に集中できます。ほぼ一日AIと向き合うことで研究のスピードが格段に上がりました。」

「これまで、経済学の分野では、理系のラボ型の分野と比べて、使える研究費の多寡はあまり重要ではありませんでした。しかし、最先端のAIモデルが従量課金制になれば、経済学の分野においても、どれだけ多くの研究費をAIに使えるかが今後の研究成果を左右する可能性があります。」

これも個人の実感にとどまらない。日本発Sakana AIの「AI Scientist」は仮説生成から執筆までを自動化して査読を通過し、2026年3月にはNature誌に掲載された。417時間で166本の機械学習論文を量産するシステムも登場。一方でNature掲載の研究は「AIは研究者の影響力を広げるが、科学の焦点を狭める」とも警告する。AIを使いこなす者と、使われる者の差が開き始めている。

それでも、PhDへ行くか

「いずれはAIが完全に自律的に論文を生成するようになるでしょう。それまでは人とAIが共存して論文が生みだす時期です。AIをフル活用して研究している今は研究がこれまで以上に楽しいです。」

興味深いことに、OKさんが大学側から聞く限り「PhDへの出願数自体は減っていない」という。狭き門と、AIという変数。その先にどんなキャリアを描けるのかは、確かに難しい問いだ。だからこそ、OKさんの結論はシンプルだった。

「今からPhDに行くなら、本当に自分がその研究をしたい、楽しいと思える場合に行った方がいい」

『人の移動が知識を広げ、成長を生む』──を研究する経済学者は、自らも太平洋を渡り、そしてアジアの新たな地へ向かう。アメリカでのPhDを卒業し、アカデミアの実態を踏まえて、条件を世界で比較し、AIを味方につけ、それでも残る「本当に考えるべき問い」に自分の時間を注ぐ。揺れる時代のPhD留学は、覚悟を問う道であると同時に、正しく設計すれば今も開かれた道だとKOさんは教えてくれた。

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