【インタビュー】「ワクワクする道」を選び続けたら、米国にたどり着いた

「食品 × 海外」を軸に、日系食品業界で専門性を積み上げる

シンガポール・オランダ・香港・上海を経て、米国へ。YMさんが歩む“米国キャリア”

米国MBAを目指す日本人の多くは、コンサル・外資金融・GAFAといった「典型的なゴール」を思い描く。だが、米国で長期的にキャリアを築く道は、それだけではない。

日本の大学の農学部を卒業し、食品専門商社でアジア・欧州を渡り歩いたのちに渡米。留学、就職、転職、そしてMBA取得まで、すべて自らの意思で選び取ってきたYMさんが一貫して優先してきたのは、「自分がワクワクする道」だった。先が見通せる安定よりも、不確実でも心が躍る方へ。自分の可能性に“フィルター”をかけないことで、彼は「食品×海外」という好きな領域で専門性を積み上げてきた。典型的なMBA卒業生とはまったく異なる、その軌跡を追う。

Japanese sushi, Italian pasta, Indian curry, French croissant, Mexican tacos with small flags and travel items

原点──「食」と「海外」を結ぶキャリアの出発点

YMさんは幼少期から生物や動物に興味を持ち、学校の理科の中でも生物を好んだ。大学は迷うことなく農学部へ。卒業後は、その関心の延長で「食べ物」を扱える食品専門商社に入社した。決め手は、「食」と「海外」という二つの軸を、ひとつの仕事の中で結べることだった。

「幼少期から国旗や地球儀を見るのが好きで、漠然と海外への憧れがありました。」

「食という興味を軸に、いずれ海外に行きたいと漠然と考えていて。駐在の可能性があったり、海外に関わる業務ができたり──そういう軸で就職先を探して決めました。」

入社後は、シンガポール、オランダ、フランス、香港、上海と、実に幅広く海外業務を経験する。そんな順風に見えるキャリアの途中で、彼は会社を辞め、社会人留学という形で1年間シアトルへ渡る決断をした。なぜ、そのタイミングだったのか。

「食品専門商社では、とても面白い仕事もできました。ただ自分としては、定年までのキャリアパスが見える道よりも、将来はわからなくても自分がワクワクできる道を歩みたいと考えて、シアトル留学を決めました。」

シンガポール時代に同僚から米国の大学院やMBAの話を漠然と聞いており、もともと興味もあったという。

決断──「待遇」より「ワクワク」を選ぶということ

シアトルでの留学を終えたYMさんの前には、3つの選択肢があった。

「留学後は、①アジアへのMBA留学、②日本に帰国して転職、③米国の食品専門商社へ転職──この3つを検討していました。①の延長線上ではいずれ日本で働くことになるだろう。②もまた、日本で転職することになるかもしれない。そう考えて、③の『米国に残り、食品業界で挑戦する』という道を選びました。」

一般的な学部留学や大学院留学のように労働許可が得られる形とは異なり、社会人留学を終えて現地に残るのは、相当に珍しい選択だ。当時をYMさんはこう振り返る。

「③の道では、米国の物価を考えれば生活は楽ではない。いつクビになるかもわからないし、ビザも問題になるかもしれない。待遇だけを見れば、日本に戻る方が間違いなく良かった。それでも、自分のモットーである『ワクワクする環境』を選べて、しかも『食品×海外』という自分の軸に進めるチャンスは、他にないと考えました。」

── 短期的な待遇よりも、自分の軸に沿った意思決定。頭ではわかっても、なかなかできることではありません。なぜ、そのチャンスをつかめたのでしょうか。

「留学中、米国で働きたいと思う人間は、自分も含めてたくさんいました。チャンスはみんなに平等にあると思います。それでも、その平等にある『チャンス』をつかめるかどうかは、自分にフィルターをかけないことじゃないかと。つまり、あきらめないこと、挑戦すること、無理だと思わず全力でやりきること。それを本気でやる人がチャンスをつかむし、アメリカで生き残れるんだと思います。」

チャンスは平等にある。掴めるかは、自分に“フィルター”をかけないかどうか

この姿勢は、深く共感できるものだった。Dream Acrossでこれまで取材してきた方々も、一貫して同じことを語っている。「行動すること」「あきらめないこと」「挑戦すること」。これらを本当に体現している人こそ、形は違えど、アメリカで自分のキャリアを歩んでいる──そう実感させられる。

米国に残ると決めるとき、「給与が下がる」「クビになるリスクがある」「帰国を余儀なくされるかもしれない」「日本に戻ってもいい仕事に就けないかもしれない」といった不安が次々とよぎる。留学経験者・転職経験者なら誰もが通る道だが、日本企業一社で勤め上げることを良しとしてきた人や、転職経験のない人には、見えにくい視点かもしれない。

リスクを取る決断は、精神的に大きな負荷がかかる。だからこそ、自らリスクを取ってきた人たちは皆、YMさんのような“たくましさ”を備えているのだろう。

MBAという投資──AI時代に、その価値は問われる

米国で数年間の勤務を経て、YMさんは働きながらPart-Time MBAに進学し、卒業する。どんな背景があったのか。

「シンガポールでも話を聞いていましたし、シアトルにいる間もMBAのことは考えていました。行きたい気持ちがあったこと、そして仕事も続けたかったこともあり、Working Professional向けのPart-time MBAを選びました。」

── 2026年、AIが急速に進化する中で、MBAは本当に投資としての価値があるのか。率直なところを伺いました。

「MBAは、行かなくてもいい、行った方がいい、賛否両論あると思います。2年間(短期なら1年、Part-timeなら3〜4年)勉強する中で、AIに頼ってしまうなら意味がないかもしれない。自分の頭で勉強しないと、学費も経験もその後に生きてこない。OPTやビザが目的の留学なら、STEM OPTが取れる別の修士の方が効率がいいかもしれません。AIで学問や情報収集がより一般化する中で、MBAの本質的な価値は、今後さらに厳しく問われていくのは間違いない。」

「それでも、各国・各業界・各役割の多様な人間が集まる場で議論し、自分の本当のバリューを見つめ直すことは、有益だと思います。一つの会社、一つの国に留まり続けて『井の中の蛙』になることを防ぐ、という意味でも。」

YMさんの言う通り、AIが浸透するほど、学問としてのMBAの価値は相対的に薄れていく可能性がある。米国への2年間の留学では約3,000〜4,000万円の投資になり、その額を考えれば家すら買える。卒業後に米国で就職できる保証はなく、日本に戻れば投資回収は米国就職より遅れる──デメリットは数えればきりがない。それでも、「ワクワクする道を選ぶ」という観点では、何ものにも代えがたい2年間が得られる、とも感じる。

Graduation cap with digital circuitry transforming into a futuristic cityscape with glowing lights

日系食品業界という選択肢──“日本文化を伝える”仕事

海外の日系食品業界に精通するYMさんに、業界の内側からの見え方を聞いた。

「日系の食品という意味では、『日本文化を伝える』ことに近いと思います。食べ物という形で、日本の文化を海外へ発信していく。業界の入り口自体は、そこまで難易度は高くありません。食品関連の学位や資格、経験が、他業界ほどは求められない。それ以上に、どんなAspiration(志)があるか、何をやっていきたいか、将来どういう計画を描いているか──そういったことの方が重要かもしれません。」

MBAや留学を経て食品業界に入る人は少なく、やはり金融・テクノロジー・コンサルティングがメジャーな印象がある。その中で、どんな人が日系食品業界に向いているのか、楽しめるのか。

「日本の文化を食を通じて伝える、という意味では、日本が好きな人、日本文化をもとに海外とつながっていたい人、そしてそれをもとに長期的に何をやりたいかを言語化できる人が向いていると思います。業界全体にその傾向はありますが、業務自体は営業、戦略、分析などさまざまなポジションがあるので、その人に合った形でキャリアを作っていけると思います。」

アメリカはもちろん、海外における「日本食」という文化は、日本が持つ貴重な財産だ。この分野をさらに広げていくために、優秀な日本からの留学生やプロフェッショナルが入っていくことは、Dream Acrossチームとしても、とても嬉しいことだと感じる。

これから米国を目指す人へ

日本の大学から国内企業へ。そして駐在ではなく、自ら米国へ留学し、現地で就職を勝ち取る──このキャリアは、多くの日本人が目指し、憧れるものだ。最後に、YMさんはこう語った。

「チャンスは、みんなに同じようにあると思います。自分にフィルターをかけず、周りにあるチャンスをちゃんと見つけて、つかめる人こそが、アメリカでも海外でも、自分のキャリアを作っていける人だと思います。」

YMさんとのインタビューを通じて感じたのは、「米国で働く日本人」というカテゴリーの中に、驚くほど多様な勝ち筋があるということだった。MBA留学からトップ外資へ──そんな王道だけが正解ではない。好きな専門領域で積み上げ、現地で根を張り、Working Professional MBAで戦略的にキャリアを築く。YMさんが体現するのは、もう一つの、しかし極めて持続可能な米国キャリアの形だった。

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