商社トレーダーがアメリカ事業会社の戦略へ──Manuruさんに聞く「3つの”越境”」
キャリアチェンジには定説がある──「業界・職種・国のうち、一度に変えてよいのは1つまで」。今回インタビューに答えてくれたManuruさんは、その3つを同時に超えた。大手総合商社の食肉トレーダーから、メーカー出向を経験し、私費で米トップスクールMBAへ。現在は米国東海岸にて米大手化学メーカーのヘルスケア部門でグローバル戦略マーケティングを担う。業界は食品から化学へ、職種はトレーダーから戦略へ、国は日本からアメリカへ──「トリプルジャンプ」はなぜ可能だったのか。本人の言葉で解き明かしてみた。

1. 疑問の始まり──商社の現場で見えた「ギャップ」
原点は、食肉トレードの最前線で覚えた違和感だった。学生時代から「やるなら全力で」を信条とする体育会気質。商社の仕事にも全力で向き合ったからこそ、疑問は具体的だった。
「営業先や顧客の質問・希望に毎回沿うことは、本当に正しいのか。そもそも自分たちは、正しい市場にいるのか──この問いに答える『戦略的思考』が、自分に欠けていると感じたんです」
商社の強みは、無数のステークホルダーを束ねてプロジェクトをリードできること。それは海外でも通用する武器だと今も断言する。だが同時に、営業もサプライチェーンもマーケティングも生産も「関わるが、専門はない」。勿論部署にもよるが、若手が経営の実務に触れる機会も遠い事もある。Manuruさんは当時の自分の現在地を3行で整理した──業界に、経営人材が育つ道が見えない。役割に、戦略思考が足りない。そして自分は、海外で挑戦したい。つまり、「戦略的」に「海外」で「経営」を行えるようになる道筋が商社の現場で見えなかったのだ。「社費や在職を続けても、このギャップは埋まらないのではないか」。その危機感が、退職と私費MBAという重い決断を導いた。
2. 武器の再定義──ジェネラリストを「専門」に翻訳する
渡米後の就職活動で、Manuruさんは日本人MBA生が必ずぶつかる壁に正面から向き合うことになる。アメリカの労働市場では、商社的な「何でもできる」は、そのままでは弱点だ。ジェネラリストとなると、スペシャルティ・専門性を求められるアメリカで刺さりづらい。
狙いは、米国現地のコンサルティングと、事業会社の戦略ポジション、の2本立て。コンサルの選考では、部門を横断するCross-functionalな経験は評価される。だが同時に、専門性を示すことを求められた。そこで彼は商社時代の経験──工場立ち上げ、品質管理、営業・マーケティング、ロジスティクスや輸出入管理──を棚卸しし、一つの言葉に束ね直した。「Operation」だ。ジェネラリストの幅広さに、オペレーションという専門の背骨を通す。この「翻訳」こそが、日本の商社経験をアメリカで通用する履歴書に変えた転換点だったと言える。
3. トリプルジャンプ──なぜ3つ同時に越えられたのか
業界(食品→化学)、ロケーション(日本→アメリカ)、役割(プロジェクトマネジメント→戦略・マーケティング)。3ステップの同時変更は「非常に難しい」と本人も認める、この点は他のDreamAcrossメンバーも経験してきているが、非常に難しい。それでも成立した理由を、彼は市場の構造で説明する。
鍵は、事業会社のリーダーシップ育成ポジションだった。米国の事業会社が幹部候補に求めるのは、単機能のスペシャリストではなく、複数の機能を見渡せる人材。ここでは商社のジェネラリスト経験がむしろ高く評価され、そこにOperationという専門性を添えれば、評価はさらに立体的になる。しかも、金融・コンサル・テックに比べて給与水準がやや劣るため、MBA生の応募はそれらの人気業界より少ない──つまり、日本人の強みが最も評価される場所に競争の隙間があったのだ。Manuruさんは現在、米大手化学メーカーのリーダーシッププログラムの一員として、かつて「商社では遠かった」経営への道を、海外で、かつ戦略的な役割、として歩んでいる。
4. アメリカで働いて、見えたこと
実際に働き始めて感じた日本との最大のギャップは、ワークライフバランスと、それを当然のものとして支える上司の存在だという(この体験は本人のnoteにある)。そして、周囲の優秀さを認めた上で、彼はこう言い切る。
「アメリカの優秀な層は、相当に優秀です。それでも、日本の商社にいる人材は全然通用する。やる気も能力も、商社の人の方が上だと感じる場面もよくある。もっとアメリカで日本人が勝てるのは間違いない」
AIがキャリアを脅かすという不安に対しても、現場からの視点は具体的だった。AIによってリード獲得(見込み客の開拓)が効率化された結果、むしろ営業ポジションの採用は増えているという。「AIの影響はあっても、Job Creation(仕事の創出)があるのも事実。人が介在する営業のような仕事は、今後も必要とされ続けます」。「AI」という名のスケープゴートに揺さぶられず、就職活動や業界勉強をする際には本質的な影響がどうなっているかを意識する事も重要だと感じさせられる。
5. 読者へ──ダウンサイドを見積もってから、跳べ
最後に、私費MBAという大きな賭けを考える若手へのアドバイスを求めると、返ってきたのは精神論ではなく、リスク設計の話だった。
「覚悟を持つこと。そして、ダウンサイドリスクをちゃんと見積もって、その結果に自分が満足できるかを考えること。アメリカで就職できなかったら日本に帰る──それは間違いではありません。帰っても満足できる給与と仕事があるなら、安心して挑戦すればいい」
最悪のシナリオを直視し、それでも納得できるなら跳ぶ。楽観でも悲観でもない、逃げ道をなくして全力で取り組む。退職する当時から、まさに戦略的な経営者としての視点を持った食肉トレーダーであったに違いない。
最後に
「越境で使い続けている能力」を尋ねると、Manuruさんは意外なほど地味な3つを挙げた。業務を最後まで完遂すること。詳細まで詰めてプロジェクトを設計すること。ステークホルダーを束ねてリードすること──「日本の商社では当たり前とされていることです」と笑う。派手なトリプルジャンプの土台にあったのは、日本の現場で磨かれた基本動作だった。常識を3つ越えた人が最後に頼ったものが、最も日本的な強みだったという事実に、これからアメリカで挑戦する人へのヒントが詰まっているのではないだろうか。
Manuruさんの越境の方程式:日本で磨いた基本動作 ×「専門」への翻訳 × 競争の隙間を見抜く市場感覚。渡米は根性ではなく、設計である。